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「勅使発遣の儀」「立皇嗣の礼」の最初の行事から 思う大事な視点 11月は、神仏参詣‼

2020/11/05

「勅使発遣の儀」「立皇嗣の礼」の最初の行事から
思う大事な視点 
11月は、神仏参詣‼

11月5日、11時ごろ、皇居、宮殿 竹の間で、
勅使発遣の儀」が行われました。

秋篠宮さまが皇位継承順位1位の「皇嗣」となられたことを
国内外に宣言する「立皇嗣の礼」のうち最初の行事です。

「勅使発遣の儀」は天皇陛下が

三重県の伊勢神宮
奈良県の神武天皇山陵
東京・八王子市の昭和天皇山陵にそれぞれ使者を派遣して
「立皇嗣の礼」を行うことを報告するための行事です。

御直衣」(おのうし)と呼ばれる白の装束の天皇陛下は、
使者がそれぞれの場所で読み上げる「御祭文」という
日本古来の言葉で記した文章を3人の使者に託されました。

3人の使者は「立皇嗣宣明の儀」が行われる8日に、
それぞれ現地で報告を行うとのことです。

yahoonews TBSNEWSさまより

御直衣(おのうし)は、巫の姿ですね。いいですね。
紅白衣装で、めでたいという意味合いもありますね。

日本古来の言葉という御祭文というのも、気になりますね。
8日に、少しチェックしたいですね。
日本の昔の言葉には、力が宿っていると思います。
神様?天と話すときも、昔の言葉を使っていましたね。
祝詞なども、昔ながらの言葉を使ったりしますので、
やはり、大事なイベントだということが分かります。

そして、伊勢神宮・神武天皇山稜・昭和天皇山稜の3つ。

伊勢神宮は、天照坐皇大御神(天照大御神)様・豊受大御神様が、
いらっしゃいます。

橿原神宮の北接、初代天皇の神武天皇様にもご報告。

神倭伊波礼毘古(かむやまといわれびこ)は兄の五瀬(いつせ)と「どうすれば天下を平定できるだろうか」と相談し、九州の高千穂の宮殿から兄とともに安芸、吉備などを経て、東の地へ向かった。浪速の港で那賀須泥毘古(ながすねびこ)が軍を率い待ち構えていたため回り道し、熊野から大和を目指した。宇陀から忍阪へ入ったところで、待ち構えていた八十建(やそたける)をはかりごとをめぐらして殺し、後に那賀須泥毘古も討って大和を平定。

神倭伊波礼毘古は橿原の宮で神武天皇として即位したとされる。

『古事記』や『日本書紀』によれば、神武天皇は、天下ったニニギノミコトの子孫で、第1代の伝説上の天皇。『日本書紀』によると、日向にいたとき、東の方に都をつくるのによい土地があると聞いて「東征」の旅に出る。海路や陸路で近畿へ進み、地元勢力と戦いを交えながら、大和の橿原宮で即位したと伝えられる。

朝日新聞さまより

日本、天皇は、伊勢神宮と橿原神宮を大事にしていることが分かる。

昭和天皇山稜には、世間の先祖へのお墓参り同様、ご報告という
ことですね。大事なことは、ご先祖様にお伝えするということ。

極力は、自らお伺いしたいところだとは思いますが、

伊勢神宮 橿原神宮には、私自身もお参りしたいなと思います。
伊勢神宮に立ち寄る際には、猿田彦神社も忘れてはだめですね。
そして、熊野三大神社 熊野三山も大切な場所です。
熊野本宮大社・熊野那智大社・熊野速玉大社ですね。

私も鳥の知らせをよく聞きます。ゾーンに入っている時は、
特にそうでしたね。なので、神武天皇の伝説、八咫烏の話は、
よく分かります。ドライブするときなんかは、居てくれています。
ありがとう。おはよう。いつもありがとね。なんて話しますね。

なので、神武天皇様も、日本の伝説の話の人物の皆様も、
会話・通ずる話を、しているのは、よく分かります。

風水でも、鳥の知らせなど、言いますからね。
私は、何度も、鳥さんにお世話になっていますね。
楽しいですし、珍しいところにも来てくれた時もありましたね。

どなたでも出来る神社参りは、地元の神社にお参りにいくですね。

開運にも繋がりますしね。
引っ越ししたてなどの時は、その地域の神社へ、
よろしくお願いしますとお話、お伝えすることは大事ですよ。

何か、ついていない時は、神社参り・お墓参りにいくことは、
いいですね。もちろん、大事なときに行くのもいいですね。

本日は、「勅使発遣の儀」「立皇嗣の礼」の最初の行事から
思う大事な視点 をお伝えいたしました。

個人の場合は、ご先祖様とゆかりのある地の神社やお墓に、
お参りすることで、ご報告などすることで、少しお助け
してくださることもあるかと思います。

是非、自分の出来る範囲でお参りされてみてください。
11月は、神仏参詣は、普段に増して良き月でございます。
少しずつ寒さもきていますので、温かい格好で、
喉元なども温かくして、参詣されてみてください。im^88^mi

いつもご覧いただき、

ありがとうございます。


 
im巫mi